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    「甘いたわむれ」 沢田 研二 (2)

    「甘いたわむれ」 沢田 研二
    作詞・安井 かずみ 作曲・加瀬邦彦 編曲・Osamu Shoji( 東海林 修 )
    1974.7.10発売シングルB面

    「追憶」のB面。
    このシングルによって
    第一期のジュリーは完成されたと思っております。
    ジュリーの初期は ナイーヴで
    スイートで ムードがあり 美しい。

    レコードジャケットからして もう完璧。

    この「甘いたわむれ」も 甘く キュンキュンするようなラブソング。
    やっぱりジュリーじゃないと歌えない。
    他の歌手の顔を思い浮かべるけれど
    やっぱりこんなラブソングはジュリーであればこそだと思います。

    A面コレクションは出ていましたが
    B面はありませんでした。
    singleを集めたBOXが発売になっていましたが
    ウン万円もするような高額なものにはとても手がでませんでしたから
    EPレコードの中古を買いまくって
    なんとかB面は聞けていました。

    しかし・・人間は欲深いもので
    聴けると さらにデジタル音源がほしくてたまらなくなる。

    そうして 探しては待ち
    待っては探し・・・・
    ・・・・としているうちに
    ついにB面もデジタル音源として
    発売になっていました!!

    昨日知って購入~~っ!!

    どれだけ待ったことか・・・・。
    やっぱり良いものはいつ聴いても良いです。

    ジュリー!!素敵すぎます!

    Osamu先生のアレンジも最高です。
    良いお仕事をされています。

    この機会に
    みなさまにもぜひ聴いていただきたく
    ご紹介させていただきます。

    ぜひ聴いていただけたらと思います。
    デジタル音源を購入出来て
    本当に嬉しいです!














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    「空と海がとけあうとき」ヤング101

    「空と海がとけあうとき」ヤング101
    作詞・松本 隆 作・編曲 東海林 修

    今年 松本隆さんは 作詞活動50周年ということで
    コロンビアの特設ページが開設されております。
    作品のリストがアップされ、
    エピソード募集されていたのを知ったのは今年1月のことでした。

    その時 作品リストを見ましたら
    この作品「空と海がとけあうとき」は
    リストには上がっておりませんで
    大変悲しく感じました。

    思わず この作品もあります、と
    アルバム名等明記して メールをしたのですが
    今はきちんとアップされており ホッとしているところです。

    多分私だけでなく ご存知のお方でしたら
    メールをされたと思っております。
    なにしろ名曲ですから。

    前に書いた記事はこちらです。
    http://palette036.blog.fc2.com/blog-entry-78.html

    ちなみに松本隆さんとの作品では
    私は沢田研二さんの「燃えつきた二人」も
    忘れることができません。
    あのシンセサイザーのイントロを聴いただけで胸に溢れるものがあります。
    「別れがせめてのやさしさでしょう」
    松本隆さんの書かれた この歌詞で
    とどめを刺されて 涙が止まらなくなるのです。
    話しはそれましたが このことも書いておきたいと思います。

    さて「空と海がとけあうとき」は
    Osamu Shojiが 1972年4月から1973年9月までの音楽担当された
    NHKの音楽番組「ステージ101」。
    その中で生まれた作品のひとつ。


    1973年9月21日
    アルバム「NHKステージ101 ぼくら心のふるさと」に収録。

    静かで穏やかで とても美しい世界。
    それでいて 壮大です。

    そこが ほんとうに素晴らしいのです。

    朝焼けの海と空を眺め感動した記憶が
    この作品で 鮮やかによみがえります。
    音楽でありながら
    あざやかな絵画を眺めるよう。

    見たことがない人であっても
    確かに朝焼けの海と空を
    心に感じることが出来るでしょう。


    Osamu先生は
    この作品をとても気に入ってらして
    楽譜も出版されました。

    購入出来て ラッキーでした。
    知る人ぞ知る名曲ですが
    ほとんどの人が知らないということに
    わたくしは哀しみを覚えます。


    空と海がとけあうとき

    101ベスト

    「ビギン・ザ・ビギン」菅原洋一

    「ビギン・ザ・ビギン」菅原洋一
    作詞・作曲・コール ポーター(COLE PORTER) 編曲・音楽・指揮 Osamu Shoji
    日本ポピュラー音楽考 第11回 菅原洋一リサイタル
    「愛は想い出とともに」
    「昭和52年度芸術祭大衆部門優秀賞受賞作品」

    Osamu先生は亡くなられましが
    先生の残してくださった素晴らしい音楽があるので
    今も私は その奥深い音楽の世界を
    日々聴いて感動しています。

    「ビギン・ザ・ビギン」
    最近でも街中やショッピングセンターなどで
    この歌を聴くことがあります。
    たいてい耳にするのは フリオイグレシアスさんの歌ですが
    名曲は いつの時代に聴いても新鮮です。

    そんな時は あっ 家に帰ったら
    洋一さんの「ビギン・ザ・ビギン」を聴こう♪ と思います。

    このリサイタルで洋一さんが歌われたのは1977年です。
    フリオイグレシアスさんのカバーは1981年なので
    良い曲を先に取り入れられた、という点では
    さすが、だと思います。

    この歌は 二部の始めに歌われました。
    そして 当時のリサイタルというのは
    第一部のオープニング
    第二部のオープニングとに
    ワクワクとするような オープニング曲がありました。
    これがあるかないかでは 
    ずいぶんとステージの雰囲気も変わると思いますし
    胸のときめきも違うような気がします。
    なんといっても格調高い雰囲気になります。

    なんといっても「リサイタル」は
    スターであればこそ、の晴れの舞台でございました。

    このステージでも 第二部のオープニング曲があり
    この歌が始まります。
    なんとも贅沢で 優雅な感じがいたします。

    歌の間奏には ナレーションも入り
    時代背景なども知ることができ
    日本がどんな風に変わっていったのか、ということも
    知ることが出来ます。

    しかもこのナレーションのために
    間奏も少し雰囲気を変えて
    ナレーションをよりよく聴けるようなアレンジをされて
    さらに 間奏とナレーションが
    ピタリと尺にはまって
    すっと歌に入っていく、というような
    神わざのような演奏とナレーションと歌なのですが
    さも 当たり前のように自然にされているので 
    誰もそのすごささえ感じることもないほどなのです。
    プロフェッショナルとは そういうものなのだと
    しみじみと感動します。

    しなやかで 優雅で 美しい「ビギン・ザ・ビギン」
    心地よくて とても満足。

    特に心に残る一曲です。

    これを読まれている方は
    聴いてみたい、と思われるのではないでしょうか。

    私は 聴けて とてもラッキーです!!
    愛は想い出とともに。

    「少女よ」Osamu Shoji

    「少女よ」Osamu Shoji
    作曲・編曲 シンセサイザー演奏 Osamu Shoji ( 東海林 修 )
    2003年5月発表

    2002年頃ですが
    Osamu先生のファンサイトに
    沢山の人が集うようになりました。
    何しろ 登り口が多いので
    ジュリーファン、ピーナッツファン、シンセサイザーのファン、GOROファン・・・と
    色々な人が集まり 先生の前で 自由に自分の好きな音楽を語り
    大いに盛り上がっていました。
    管理人さんの知性とユーモアあふれる文章にもひきつけられ
    朝から晩まで 話題は尽きることがありませんでした。

    そんな中で2003年
    Osamu先生が ファンの声に応えて
    五郎さん作品を集めたシンセサイザーのアルバムを作られました。
    それが このアルバム「少女よ」です。

    タイトルナンバーの「少女よ」は
    特に人気のある作品ですが
    慈愛に満ちた世界観で
    優しい心と 思いやる気持ちを呼び戻させてくれるものであり
    命の尊さを教えてくれるものであり、 
    生きる力を与えてくれるものでした。

    当時の歌謡曲は
    大抵が 恋愛の歌でしたが
    この歌の世界は
    小さい愛しいものに
    命の大切さを語り
    やさしいまなざしで見つめるような
    当時としては衝撃的な歌の世界でしたので
    この歌に 励まされた人は多いと思います。

    その「少女よ」を シンセの作品に作り直されたわけですが
    先生も万感胸に迫るものがおありだったのでしょう、
    ゆったりと シンプルに
    この作品については 記憶をたどるような世界となっています。
    あまり 先生のアレンジでは ないような雰囲気になっています。

    聴く方も 胸が詰まるような思いで聴きました。

    ともに生きたあの時代
    あまりにも激しく熱狂的で嵐のような時代。

    けれど振り返る時 心はとても静かで
    遠い遠い あの夢のような時代は
    この 「少女よ」の音楽が
    生きた証しを示してくれます。

    あの頃の自分の頭を撫でてくれるような
    いえ、
    あの頃だけでなく 今も自分をも撫でてくれるような
    優しさに満ちています。
    少女よ

    1. 箱船の帰還
    2. 水平線へ
    3. 少女よ
    4. 愛のラルゴ
    5. Bottled Letter
    6. 歌がある限り
    7. されど青春
    8. Chorus Line
    9. See you again

    「Maybe tomorrow」ザ・ワイルド・ワンズ

    「メイビー・トゥモロウ」ザ・ワイルド・ワンズ
    作詞・作曲 Tom 編曲・Osamu Shoji ( 東海林修 )
    1969年「ワイルド・ワンズの世界」
    2016.1.27に復刻。

    1968年にThe Iveysのデビュー曲として発表された
    「メイビー トゥモロウ」のカバー作品。
    The Iveysは その後 バッドフィンガーと改名され
    1969年には「明日を求めて」という邦題で
    日本で発売された作品だそうです。
    名曲だと思います!

    良い曲を いち早く取り入れられてのカバーで
    さすがだと思います。

    ご本家は ストリングスがフューチャーされていて
    これは やっぱり ストリングスアレンジで来るのだろう、と
    思って聴いてみると
    意外や意外、フォーンアレンジで 
    おぉ そうきたかーーっ、という感じです。

    Osamu 先生が 常々 「同じことをしてもつまらない」、と
    おっしゃってましたが そういうことなんだなぁ、と思います。
    金管の調べで よりワイルド感が増してます。 

    あの頃の洋楽って 別れの歌であっても
    どこか希望の感じられるもので
    明日を歌う歌のように感じられたから
    素敵だったなぁと思います。

    この曲は植田さんのソロになっていますが
    伸び伸びと歌われて心地よく心に響きます。

    このアルバムは 洋楽のカバーと
    オリジナル曲と半々で
    面白い試みだと思います。

    ワイルド・ワンズの世界

    1. 昨日に逢いたい
    2. スカボロー・フェア
    3. メイビー・トゥモロー
    4. 恋はフェニックス
    5. 愛の船出
    6. ウィンディー
    7. 今日からの世界
    8. 振りかえった恋
    9. あじさいの丘
    10. バック・イン・ザ・U.S.S.R.
    11. 明日に続く道
    12. バイ・バイ・ラヴ
       全編曲・Osamu Shoji


    「愛のフィナーレ」菅原洋一  (菅原洋一リサイタル)

    「愛のフィナーレ」菅原洋一
    作詞・なかにし礼 作曲・宮川泰 編曲・音楽・指揮 Osamu Shoji
    日本ポピュラー音楽考 第11回 菅原洋一リサイタル
    「愛は想い出とともに」
    「昭和52年度芸術祭大衆部門優秀賞受賞作品」

    今朝 また先生の夢を見ました。
    かなり長く見ていて 鮮明でした。
    私を先生がかばってくださるような夢でした。
    とても懐かしくジーーンとしました。

    先生が夢に出てこられると
    いけない、いけない、
    ブログを更新せねば、と思います。

    先日 宮川泰さん作曲作品について書いたので
    そのつながりで「愛のフィナーレ」を書こうと思います。

    このリサイタルは昭和52年に開かれました。
    50年のポップス史の中から選ばれた
    世界中で歌われたスタンダードナンバーを
    洋一さんが歌われています。

    音楽を じっくりと楽しめる構成となっています。

    そして たくさん歌われて
    最後の最後でご自分の作品を4曲歌われました。
    その中の一曲です。

    「愛のフィナーレ」
    泣けるような別れの歌です。
    宮川泰さんは いつも華やかで
    ダイナミックなアレンジをされます。
    ザ・ピーナッツさんも歌われていました。
    なかにし礼さんの歌詞も素晴らしいものですから
    Osamu先生がどんなアレンジをされるか
    聴く前からとても楽しみにしていた一曲でもありました。

    洋一さんは 静かに語りかけるように
    歌われています。
    本当に歌が上手い。
    温かい歌声です。

    「愛の思い出 貴方がくれた
     ひとりぼっちの 私のために」

    抑えても抑えても想いがあふれるようなアレンジ。
    静かに語られるように始まり
    ドラマチックに展開していきます。

    この素晴らしい歌詞が 胸に染み入り
    いつまでも胸は熱い。

    良い歌は いつ聞いても良い。

    Osamu先生の ステージは
    今聞いても 感動的です。

    愛は想い出とともに。

    「バーボンでさよならを」野口五郎

    「バーボンでさよならを」野口五郎
    作詞・瀬高徹 作曲・編曲・ Osamu Shoji ( 東海林 修 )
    1977年1月29日~3月6日   GORO IN CNCERT~明治

    今の時代ですと
    まわりを見回してみると
    イケメンの爽やか男子や 可愛いキラキラ女子を
    身近に たくさん見つけることができますが
    まだ70年代という時代ですと
    なかなか見付けられなかったような気がします。

    今やだれもがSNSで発信できて
    チャンスは誰にもありますが
    あの時代は そういうわけにはいきませんでした。

    ですから芸能人になれる人は
    見たこともないような可愛い人や
    見たこともないようなかっこいい人や
    惚れ惚れととするような美男子や美女しか
    なれないんだと思う時代だったように思います。

    五郎さんは とにかく美男子で
    そのうえ歌が上手いし
    ギターも弾けて
    ユーモアもあって
    話しのセンスがとてもおありでしたから
    みんな夢中になるのは当然のことだったでしょう。

    明治チョコレートのコマーシャルに出ていらして
    その関係で チョコレートを食べて応募すれば
    コンサートに招待してもらえる、ということでしたので
    たぶんみなさん 鼻血が出るほど
    チョコレートを召し上がったのではないでしょうか。

    ファンも熱狂的でしたので
    コンサートでも お構いなしに叫ぶし
    話しかけるし
    五郎さんもお困りだったと思うんですけれど
    あまりにひどいときには
    お客さんの真似をして
    「あ゛ーー!」と叫んだりもされていました。

    歌っているときも 叫ばれますから
    そういう人は歌などどうでもよいんだろうなぁと思うんですけど
    きゃーー、という声ならまだしも
    客席から大きな声でしゃべられる人とかもいて
    本当に歌が聴きたくて聴きに来られた方は
    とても悲しい思いをされたと思います。

    そのうち ファンも段々と大人になられまして
    静かに聴けるようになったのですが
    こんなに 勝手に声を出されたら
    編集も難しいですし
    結局 音源にもなりませんでしたが
    明治コンサートは 初めからその予定がなかったのかもしれません。

    さて「バーボンでさよならを」は
    音楽的には 大人の音楽なのですが

    若くて五郎さんしか見ていない人のために
    少しユーモアを入れて
    面白い歌に仕上げられています。

    向こうに三つ揃えのスーツを着た人がいたと思ったら
    ゴロンボ刑事だった、とか
    途中 ナオコ婆ちゃんの声がして
    あまり飲み過ぎないように、とか
    子供の五郎さんが出てきたりとか
    ざっくばらんに 声を上げて笑ってもらえるような
    作品にされています。

    このコンサートの見せ場は
    やはり 「あいつの女房がおいらの恋人」から
    「MUSIC」にかけての ギンギンに聴かせるギターと
    スケールの大きなアレンジと 豪華な演奏、
    その中での五郎さんの迫力ある歌声ではないかなぁと
    思っているのですが
    このコンサートのあとには
    日生劇場でのリサイタルが控えており
    Osamu Shoji も 客席の反応を見ながら
    次の舞台で いかに五郎さんを輝かせようかと
    わくわくされていたのではないかなぁと思います。

    Osamu先生が
    かつてのことを振り返り
    良い思い出として
    懐かしそうに語ってくださっていたことを
    今も思い出します。

    五郎さんはとても幸せな歌手だと思います。

    明治チョコレートコンサート

    「マイ・ウェイ」  (野口五郎&伊東ゆかり)

    マイ・ウェイ  (野口五郎&伊東ゆかり)
    作詞・曲 : Paul Anka 訳詞 : 中島淳 編曲 : Osamu Shoji(東海林修)
    1976年2月3日テレビ「ミュージック・フェア'76」
    21:30~22:00フジテレビ放送
    ピアノ・編曲 Osamu Shoji(東海林修)
    チャープス 
    山本昌之とサウンドメイツ
    ミリオンポップスオーケストラ
    司会  長門裕之 南田洋子
    1976年1月28日収録

    先生は亡くなられても
    先生のご功績は 語り続けていきたいと思っています。

    ミュージック・フェアは今も続いている長寿番組ですが
    豪華な演奏で じっくりと歌を聴くことができる
    とても良い番組だと思います。
    そしてこの番組は アーティストによるコラボレーションに
    昔から力を入れてこられ、
    新しい世界を広げてこられた良い番組だと思います。

    1976年に ゆかりさんと五郎さんとOsamu先生による
    すてきなコラボが実現していました。

    ゆかりさんは お母さんになられたことが話題に上がっています。
    五郎さんのことを長門さんは「五郎ちゃん」と親しみを込めて話されていて
    五郎さんの若さと 可愛がられるそのキャラクターを知ることが出来ます。

    Osamu先生は お話の中で
    「二人とも僕が一番好きな歌のタイプ、非常に上手に表現できる」
    「特に二人は気持ちが通じる」
    と話されています。

    まずはお二人で歌われる「マイ・ウェイ」
    ファンファーレのような前奏から晴れやかに歌われる
    当時の五郎さんの「マイ・ウェイ」がベースですが
    一番がゆかりさん、転調して二番が五郎さん
    そしてお二人で・・・という流れになっています。

    さすがに ゆかりさんの「マイ・ウェイ」はしなやかで心地よいですし
    五郎さんも普段通り リラックスして歌われていて
    最後は主旋をゆかりさん 
    その先輩に寄り添うような五郎さんのハーモニーが
    聴く人の気持ちを優しくして 晴れやかにしてくれるような
    うれしいコラボになっています。
    本当は五郎さんが主旋を歌われたほうが
    キー的には さらに良いのはわかっているのですが
    五郎さんだからこそ それはされなかったのでしょう。

    お二人とも 今もご活躍されている
    スター歌手でいらっしゃいますが
    Osamu先生の音楽により さらに豊かに
    さらに世界を広げていかれ、
    一流の歌手になられたことは
    本当に嬉しいことだと思います。