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    「夜明けの砂丘」上月 晃

    「夜明けの砂丘」上月 晃
    古野哲哉作詞 ; 河村利夫作曲.Osamu Shoji ( 東海林 修 )編曲
    1971年1月発売シングルA面

    上月 晃さんという方の
    いろいろと写真を見るのですが
    それぞれに違った雰囲気で
    違った表情があり どれも同じ人とは思えないくらい。
    不思議な魅力がある人なのですね。

    私はリアルタイムでは知らなかったのですが
    晩年のロングヘアーのぐっと女っぽいお顔は
    ちゃんと私の中の記憶にありました。

    生涯独身を通されたとのこと、
    58歳という若さで亡くなられたと知り、
     まだまだお元気でいていただきたかったと
    ほんとうに残念でなりません。

    「夜明けの砂丘」
    この作品は「第二回古賀賞入賞曲」とあります。
    お名前のそばには「宝塚歌劇団」と書いてありますが
    舞台人としては70年の10月には宝塚歌劇団を退団されたとのことです。

    忘れないわ
    潮風に目覚めた愛は
    虹のように この胸に今もきらめき
    慕情を誘うの


    .Osamu Shoji (東海林修)の大きなアレンジ。
    豊かな編曲が
    作品もゴンちゃん(上月晃さん)も輝かせています。

    スケールが大きく
    ゴンちゃんの歌声が豊かに響きわたります。

    宝塚歌劇団の「清く正しく美しく」
    まさに その言葉どおり
    清らかにして すっと背を正すように美しく伸びやかに響く。

    聴いていて
    ほんとうに気持ちが良いです。

    A面もB面も
    どこか孤独で
    生きる哀しさがある。
    けれど 何事にも負けない
    ゴンちゃんの意思が感じられる。
    ほんとうにかっこいいです。

    そして私はしみじみと思う。
    「清く正しく美しく」、生きて怖いものはなし。
    そして悔いもなし。

    私もゴンちゃんの歌声を聴きつつ
    「清く正しく美しく」を目標にして生きたいと思います。
    夜明けの砂丘
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    「港のジョニー」 上月 晃

    「港のジョニー」上月 晃
    吉岡治作詞 ; 河村利夫作曲.Osamu Shoji ( 東海林 修 )編曲
    1971年1月発売シングルB面

    上月 晃さんについては 前に「上月 晃リサイタル」のレビューを書いた時に
    けっこうきちんとご紹介出来たように思いますので
    よろしければ そちらのレビューもご覧ください。
    http://palette036.blog.fc2.com/blog-entry-322.html

    人生には ターニングポイント、というものがあります。
    振り返った時 あぁ あれが人生の分岐点だった、と
    思えることが 誰しもあると思います。

    私が勝手に考えて思うのは
    Osamu Shojiにとって
    ロスの自宅に 1970年にゴンちゃん(上月 晃さん)が
    訪ねて来られて また日本でのお仕事をされた、
    そのことこそがターニングポイント、ではないかなぁ、と思います。

    何しろOsamu Shojiは もう日本に帰らないつもりで
    ロスへと旅立たれていたわけですから・・・・。

    ほんとうに上月 晃さんがいらっしゃらなかったら
    Osamu Shojiは帰ってこられなかったかもしれません。

    ということは あのスターもこのスターも
    あれほどの素晴らしい作品を残すことはなかったであろうし
    日本歌謡界の姿はもっと変わっていたことでしょう。

    ただただ上月 晃さんには感謝を・・・・。

    それにしても 上月 晃さんが直々に
    ロスまでお願いに上がられた、ということ自体
    すごいことだと思いますが
    宝塚トップスターだった上月 晃さんの
    並々ならぬ熱意と 礼儀を重んじ筋を通されるエピソードに
    さすがだなぁ、という気持ちです。

    そしてわたしは最近このレコードのことを知り
    中古レコードを購入しました。

    すっごいお宝作品です。
    ほんとうに感激。

    「港のジョニー」
    すごく気に入りました。
    さりげないけれど とてもとてもかっこいいです。

    ほんとうにカッコいい人って
    すっ と通りすぎるだけでも
    周りの人は はっ、として 振り向くものです。

    歌だって同じです。

    この歌は はっ、として
    もう一度聴こう、って思うのです。

    イントロのアコースティックギターから すごくすてきなんです。
    Osamu Shojiの編曲、 もう完璧です。
    最初から最後まで ノリノリで聴いてしまいます。
    かっこいい・・・・・・。

    この歌は エンドレスでずっと聴いてしまうくらい好きになりました。
    頭の中にも ずっと回っています。

    いや こんなにかっこいい曲が聴けて幸せです。

    ゴンちゃんの歌声もさっそうとして晴れやかです。
    いや、カッコ良さが半端ないです。
    だけど さらっと歌ってらっしゃいます。
    だからこそ たまらなく素敵なんです。
    ゴンちゃん かっこよすぎ・・・・!!

    もうノリノリで聴いてしまいます。

    あぁ すてきな歌に出逢えて
    ほんとうに幸せです。

    今、残念なのは ゴンちゃんが亡くなられていることです。
    こんな素敵な方には
    いつまでも元気で歌い続けていただきたかった。

    ゴンちゃんの「港のジョニー」を聴きながら
    うるうるになってしまいます。
    夜明けの砂丘

    上月晃リサイタル

    上月晃リサイタル
    1971年4月 日生劇場
    編曲・指揮 Osamu Shoji (東海林修)

    今日4月6日は 伊東ゆかりさんのお誕生日ということは知っていたのですが
    先生にゆかり(縁)のある(o^^o)方が
    もう一人お誕生日だということに気がつきました。

    上月晃(こうづき のぼる)さんです。
    愛称・ゴンちゃん

    もと宝塚歌劇団の星組のトップスター。
    1970年に退団され、
    舞台やテレビなどでご活躍されました。 
    残念なことに1999年ご病気で亡くなられましたが
    上月晃さんの存在は あまりにも大きいので
    ここにきちんと書いておきたいと思いました。

    1970年宝塚を退団された上月晃さんは
    当時日本を離れ ロスにいらっしゃったOsamu Shojiを訪ねられ
    翌年のリサイタルの音楽を担当していただきたいという依頼をされました。

    当時 もう自宅も処分され
    日本に帰らない覚悟だったと
    Osamu Shojiが出されているアルバムのライナーにありますが
    そのように 日本を離れられたOsamu Shojiを
    日本に引き戻してくださった きっかけを作ってくださったのが
    上月晃さんではないかなぁと思います。

    そのエピソードについては
    東海林修先生のホームページ「WHA'TSUP」
    こちらに書かれていますのでご覧ください。

    日生劇場、梅田コマでのリサイタルは
    オリジナル曲から 日本ならではの歌 シャンソン ロック ポップスと幅広く歌われ
    Osamu Shojiの編曲と指揮に支えられ
    スケールの大きい音楽を聞かせてくだっています。

    きっと華麗なダンスもあったと思いますし
    このリサイタルの成功から
    上月晃さんは 華々しい第一歩を踏み出されました。

    Osamu Shojiの音楽によるコンサートは
    音が胸の奥まで沁みわたるもので
    その 生のステージを見ると
    本当に生涯記憶に残るものです。

    私自身がそうなので
    こうして語らずにはいられないのです。


    上月晃さんのステージがきっかけとなり
    またOsamu Shojiが 日本に戻って
    音楽を作られるようになったように感じています。


    もし帰ってこられてなければ
    今の jullie や GORO.N は いらっしゃらなかったのでは
    ふと考えました。

    日本の音楽界で
    たくさんの立派なシンガーを育ててこられた、ということも
    この機会に お話させていただきたいと思います。

    今日は ゆかりさんを聴き
    ゴンちゃんを聴いて
    人生の ご縁の不思議さを考えました。
    上月 晃 リサイタル